
Artist statement
本来ひとつひとつまるで違う林檎の実を林檎として統一することで進んで来た社会。芸術とは林檎の実がひとつひとつ違うことを社会において表現する手段として用いられて来たが、現状はどうであろうか?芸術的でないという理由で排除される作品は日増しに増え続けている。他と違うことが芸術の証明であったはずなのに…芸術の概念からあふれ出る作品を芸術の安定のために排除する。それは芸術という概念が細分化・系統化・統一化されたときから始まった。個々の林檎の実を林檎という概念で統一するのだ。ここに作品の自立は無く、作品は芸術というフォーマットの一部としてのみ存在する。ならば排除された作品を反芸術とし、芸術の外へ置き距離を保てば林檎の実の状態を維持できるのではないか。しかし芸術の概念は時代とともに反芸術をも吸収してしまう。やはり林檎の実は自立出来ず、芸術のフォーマットの一部としてのみ存在を許される。これが進むと究極、芸術=世界となり芸術という概念は全ての作品を呑み込むんでしまう。もはやそこに個別の林檎の実は存在しない。作品はいったい何処に逝ってしまったのだろうか?
上映作品(5作品41分22秒)
Part 313 水景Ⅴ / 9分06秒 / 2025

定点観測される映像、固定カメラで撮影した画像を編集。
視覚変化と音響を体感する作品。
Part 314 径動 / 10分06秒 / 2025

変化する表層の動き、固定カメラで撮影した月蝕によるドキュメンタリー。
変容する視覚変化を体感する作品。
Part 315 覗界 / 6分59秒 / 2025

停止した視野と時間の推移、固定カメラで撮影した映像によるドキュメンタリー。
表層と音響を体感する作品。
Part 316 秒間 / 5分06秒 / 2025

比較される表層の動き、固定カメラで撮影した映像の1秒におけるフレーム数を変化させ対比。
変容する視覚変化を体感する作品。
Part 317 現画Ⅴ / 9分12秒 / 2025

徐々に変化する表層の動き、写真が分解する過程を逆再生させ動画と編集。
変容する視覚変化を体感する作品。
Tatekawa Kiyoshiro film collection Archive
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