日程|2024.12.7 [土] – 2024.12.8 [日]
会場|soco1010:東京都足立区千住橋戸町22-48
料金|1日券1000円(途中入退場自由)
[Time Table]
13:00-13:45 Tatekawa Kiyoshiro film collection 42
14:00-14:45 Tatekawa Kiyoshiro film collection 43
15:00-15:45 Tatekawa Kiyoshiro film collection 44
16:00-16:45 第一次及び第二次三カ年計画 REMIX VJ/Machine Live
17:00-17:45 Tatekawa Kiyoshiro film collection 45
18:00-18:45 Tatekawa Kiyoshiro film collection 46
19:00-19:45 Tatekawa Kiyoshiro film collection 47
20:00-20:45 第一次及び第二次三カ年計画 REMIX VJ/Machine Live
soco1010HP Tatekawa Kiyoshiro film collection 42 – 47
Artist statement
コンセプトが方法を正当化するのではなく、方法がコンセプトを正当化する。これでなければ作品はつまらない。作品の全てがコンセプトを読むことで理解されるなら、作品の存在価値はない。
コンセプトは言葉の集合であり人間の意識世界である。意識とは主観的なもので、自然の膨大な客観性を備えていない。自然の客観性を備えた素材が自然に抗わぬ方法で編集されたなら、そこに客観性は喪失する。わたしは客観性を維持するため、コンセプトを排除した編集を心がける。
社会・土地・歴史・時間・色彩等、テーマをもとに重厚にコンセプトが練られた作品と違い、わたしの作品は、自ら文法を作るのではなく、自然の文法から現れる存在感を意識する。自然の文法とは、極力作家の意図を消し去り自然の流れに沿う編集のことで、この流れが乱れると作品のリズムが崩れる。
わたしの制作は世界の複写から始まり集めた世界の断片をさまざまな方法で再構築する。制作を料理に例えると、素材の状態、他の料理とのバランス、客の嗜好等に合わせながら臨機応変にその場の判断で対応しなければならない。いかに新鮮な素材を活かすかが最も重要である。こうして完成した作品群にはじめて「第二次三カ年計画」というコンセプトがつけられる。
コンセプトがその方法を正当化することはあり得ない。方法がコンセプトを正当化するのである。わたしの作品に言葉はあとからやってくる。
上映作品(6作品45分54秒)
Part 242 暗流 / 7分4秒 / 2024
横移動を続ける映像と音響の交差、固定カメラで撮影した画像に音響を加える。
視覚変化と音響変化を体感する作品。
Part 243 変差Ⅵ / 7分6秒 / 2024
時間差で多角形に分割される表層、固定カメラで撮影した画像の時間をずらし変形レイヤーとして多重化する。
視覚変化と音響を体感する作品。
Part 244 揺進Ⅳ / 8分11秒 / 2024
移動する3つの空間、アクションカメラで撮影した画像を編集し音響を追加。
視覚変化と音響を体感する作品。
Part 245 離動Ⅳ / 7分20秒 / 2024
変化を繰り返す表層の動き、3Dレンズで撮影した画像を分解、再構成する。
変容する視覚変化とリズムを体感する作品。
Part 246 重動 / 5分6秒 / 2024
変化を繰り返す表層の動き、手持カメラで撮影した映像を編集する。
変容する視覚変化を体感する作品。
Part 247 挿言Ⅳ / 13分36秒 / 2024
映像と言葉の拮抗、映像と言葉を交互に編集する。
映像と言葉のリズムを体感する作品。
予告映像
Tatekawa Kiyoshiro film collection Archive
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